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教育のデジタル化が進む今、紙へ回帰⁉「記憶」や「理解」は紙の方がいい⁉

GIGAスクール構想により、小中学生一人ひとりにタブレット端末が支給され、子どもたちは早い段階からデジタル端末に親しみ、学習に活用できる環境が整いました。これは、これからの社会で必要なデジタルスキルを身につける上で大切な取り組みです。

一方で、デジタル端末を使った授業はまだ始まったばかりで、紙教材と比べたときの学習効果の違いは十分に分かっていません。教育科目や学習シーンごとに、どの媒体がより効果的かを研究する動きが、最近海外で活発になってきています。

今回はそんな最新の研究例をいくつかご紹介します。

スマホやパソコンの画面で目が・・・未曾有の近視時代。画面との付き合い方を知って正しく目を守ろう

紙はデジタルより「記憶」や「理解」の学習効果が高そう〜具体的な研究例

紙で学ぶことは、デジタルで学ぶより、「記憶」や「内容の全体的な理解」に効果的な場合がある――最近の研究で、そんな結果が報告され始めています。

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24歳前後50人を対象としたノルウェーの実験

研究論文のタイトルは以下です。

「長いテキストを印刷された本と電子端末で読んだ場合の理解の比較〜本の中のどこだった?ストーリーの中のいつだった?」(原文:Comparing Comprehension of a Long Text Read in Print Book and on Kindle: Where in the Text and When in the Story?)

論文URL(原文):

https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2019.00038/full


この研究では、24歳前後の被験者50人に、28ページにわたる10,800文字の短編小説を1時間で読んでもらい、その内容をどれくらい覚えているかテストしました。50人のうち、半分の25人は電子書籍リーダーで、残りの25人は印刷された本で読んでもらいました。

結果は、小説の中の登場人物の質問(年齢や性格、身体的特徴場所の名前など)や場所の質問(島の名前など)では、両者のグループに有意な差はありませんでした。

ところが、物語のある出来事が作中の前半(1~9ページ)、中盤(10~18ページ)、後半(19~28ページ)のどの部分で起こったかを答える質問には、紙の本に優位性が見られる結果となりました。具体的には、前半での正答率が紙で読んだグループの方が高かったのです。

前半と言えば、読んでから一番時間が経っている部分。そこでの回答率が高いとなれば、紙の方が記憶されやすいのでは?と研究者たちは考察しました。

また、作中の出来事を示した文章を複数個用意して、これを小説の実際の流れに従って正しい順序で並べ替える問題でも、紙の本の方が正答率が有意に高い結果になりました。これは紙の本の方が物語の全体の流れを把握しやすい可能性を示します。

中学校10年生(日本では中学3年生)を対象にしたノルウェーの研究

72人をランダムに2グループに分け、1つのグループはコンピューター画面で、もう1つのグループは紙で、一定の長さの文章を読んでもらい、その後テキストの理解度を調べる質問に答えてもらいました。

その結果、紙で読んだ人の方が、コンピュータの画面で読んだ人よりも理解度が高かったことが分かりました。これは文章がフィクションの場合でも、ノンフィクションの場合でも、同じ差が認められました。

世界中の10,293人の学生を対象としたアメリカとフランスの研究

出典: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0197444

世界中の10,293人の学生(大学生など)を対象とした大規模な国際調査では、論文など学術的な読書で長文を読むときに、大部分の人が紙に印刷して読むことを好む、と回答しました。その理由は、デジタルで読む場合より、印刷物で読む方が内容をより深く記憶でき、より集中できる感じがするから、という回答でした。

フィンランド、教育現場で紙媒体の見直し

以上のように、記憶や読解、理解等において、紙の方が学習効果が高いという研究例を受け、紙の教科書が見直される動きがフィンランドなどを中心に起こっています。

いち早く教育現場のデジタル化を推し進めてきたフィンランドでは、デジタル画面を見る時間が増えた子どもたちに心身不調や学力低下が起こり、紙の教科書が見直されているといいます。

フィンランドは国際学習到達度調査(PISA)が始まった2000年当初、フィンランドの子どもの読解力、数学、科学は1〜2位と世界のトップでした。それが2022年に読解力14位、数学20位、科学9位に落ちました。その原因ははっきり分かっていないものの、奇しくも教育のデジタル化を進めた時期と重なり、教育現場や保護者の希望で紙の教科書を復活させた学校が増えているそうです。

なぜ紙の方が記憶が定着されやすいのか?

なぜ紙の方が記憶力や理解力が高まるのか?

その理由はまだよく分かっていませんが、まず心身の問題がありそうです。画面を長時間見続けることで、目が疲労し、脳がストレスを感じ、これが学習を妨げるという指摘です。ほかにも以下の理由を挙げる専門家がいます。

紙の本を手に取ると、読み始めは左側のページが厚く、読み進めるにつれて右側がだんだん厚くなっていきます。つまり、本を読み進めているという実感を手から伝わる触覚として得られます。そのような「進んでいる」という身体的感覚が脳への刺激となり、記憶や思考が高められる可能性があるとのことです。

たしかに、本のページをめくったり、しおりの紙の質感を指で感じることで、読書への没入感が増す、という声はよく聞きかれます。また、ライターは書いた文章を一度紙に印刷して読み返すことで、新しい気づきが生まれ、推敲を高められると言います。

駅員の「指さし確認」は確認ミスを減らす効果が実際に認められていますが、手の動作が注意力や集中力を高めるなら、学習においても「紙をめくる」「鉛筆で紙に書き込む」といった手の動作が脳の認知を高めるのかもしれません。媒体と交わされる「身体性」がデジタル端末より紙の方が「豊か」だから、あるいは「心地いい」から、記憶が定着する、学習が深まる可能性があるのです。

それは同時に、デジタル媒体のこれからの可能性も示すものです。豊かな身体感覚や心地いい身体感覚をデジタル媒体に持たせることができれば、紙媒体と同等の、あるいはそれ以上の学習効果を発揮できるということを意味します。

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デジタル教科書か紙の教科書か?日本では?

日本は最新のPISA(2022年)で、科学2位、読解力3位、数学5位と世界トップクラスです。

日本は今、小中学生一人一台端末が整備されたばかり。デジタル教材を今後どう位置づけるかが、日本の未来を決めると言っても過言ではありません。「デジタル画面 or 紙」の一択ではなく、両方の上手な使い分けが必要になることはすでに海外の例で分かっています。

日本の教育においても、紙の教科書の方が学習効果が高いケースがあるなら、それはどのような場合か?たとえば、読解の多い国語や社会は紙の方が学習効果が高い一方、数学や化学ではデジタル画面の方が学習効果が高い、と分かれば、具体的な使い分けが見えてきます。媒体による学習効果の違いを明らかにする研究は日本でも求められています。


以上、「教育のデジタル化が進む今、紙へ回帰⁉「記憶」や「理解」は紙の方がいい⁉」でした。「紙とデジタルの上手な使い分け」が、これからの教育のカギとなりそうです。

written by ヒノキブンコ

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