
風土病ってなに?~日本で一番有名なのは山梨の「地方病」
風土病。この言葉は多くの皆さんにとって聞き慣れない言葉でしょう。風土病という言葉を耳にしなくなったのは、多くの病が克服された時代に生きている証かもしれません。
風土病とは?
風土病とは、特定の地域にだけ見られる病気のことです。昔は原因も治療法も分からず、人々に恐れられていました。近年は原因が明らかになり、治療できるケースも増えています。
しかし風土病は、その地域の地形や気候、人の暮らし方と深く結びついているため、治療薬があっても完全になくすのは簡単ではありません。
日本や世界の風土病
ここからは、日本と世界でよく知られている風土病をご紹介します。
日本住血吸虫(地方病)
日本の風土病といえば、山梨県を中心に広がった「地方病」が最も有名です。
原因は「日本住血吸虫」という寄生虫です。1904年にこの寄生虫が特定され、1913年に中間宿主がミヤイリガイであることが分かりました。
日本住血吸虫は水田環境を巧みに活かした生活環を持っています。幼虫は、淡水の巻貝ミヤイリガイに寄生し、水田や川に入った人の皮膚から体内に侵入して感染します。肝硬変など重い病気を引き起こし、命を落とすこともありました。
最初に命名されたのが日本であったため、日本住血吸虫と名付けられましたが、現在は、東アジア、東南アジアにも広く分布する寄生虫であることが分かっています。
国内では、利根川下流(千葉、茨城)や筑後川中下流域(福岡、佐賀)でも見られましたが、甲府盆地の富士川流域は国内最大の流行地でした。山梨では昔から「地方病」と呼ばれてきました。

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昭和32年にまとめられた山梨県厚生労働部予防課の報告によると、昭和21年〜昭和30年の10年間で、山梨県の日本住血吸虫が発生していた3市14町13村(山梨県内全域)では、この病気で亡くなった方が611名にのぼりました。これは、その期間の全死亡者(事故や老衰、戦死なども含む)の2.27%を占め、住血吸虫症で亡くなった方の割合は全国平均と比べて190倍以上高かったそうです。
さらに、肝硬変でなくなった方は527名でした。日本住血吸虫は肝硬変を引き起こすことが多いのですが、報告では死因に「住血吸虫病・肝硬変」と両方記載されていた場合、「肝硬変」に含めていません。それでもなお、肝硬変による死亡率は全国平均(人口1万人あたり0.18人)の6倍以上(山梨:1万人あたり1.16人)。当時は地方病が原因だと気づかずに、肝硬変として亡くなった方が多かったと言えます。
では、なぜ山梨でこれほど流行したのでしょうか。はっきりと解明されていないものの、扇状地で水が不足し堰などで水を循環利用していたこと、盆地で水が滞留しやすかったこと、湿地が多かったことなどが、中間宿主であるミヤイリガイの生息に適していたと考えられています。
地方病の歴史は古く、江戸時代にはすでに症例の記録が残っています。さらに、1582年の天目山の戦いを記した『甲陽軍鑑』にも、住血吸虫症と思われる症状がみられることから、戦国時代には存在していた可能性があります。稲作文化とともに弥生時代に持ち込まれたという説もあります。
国内での感染者は1978年を最後に報告されていません。1996年には山梨県が流行の終息を宣言し、日本住血吸虫症は国内で撲滅されました。
しかし、それは決して遠い昔の出来事ではありません。今も山梨のご年配の方に聞くと、「容器を1人ひとつ持たされ、みんなでミヤイリガイを拾って駆除した」といった体験談を今も聞くことができます(韮崎の方のお話)。
対策の中心は、ミヤイリガイの徹底的な駆除でした。住民による採取、石灰を使った殺貝剤の散布、用水路のコンクリート化など、根気強い取り組みが続けられたのです。1996年の終息宣言は、住民や行政、研究者の地道な努力の成果でした。
今の山梨では、「地方病」という言葉を知らない世代が増えていますが、それは安心して暮らせる時代になった証ですね。
フィラリア症(八丈小島のマレー糸状虫症)
東京都八丈小島にかつて存在した、マレー糸状虫が原因のリンパ系の疾患です。地元では「バク」と呼ばれ、恐れられていました。
原因はマレー糸状虫で、感染した蚊が媒介して、ヒトのリンパ管に寄生し、象皮症などの症状を引き起こしました。これも、山梨のケースと同じく、島民や研究者、行政の努力で流行を止め、1968年に終息宣言が出されました。
ツツガムシ病
ツツガムシというダニが媒介するツツガムシリケッチアという細菌が原因の感染症です。
昔は、東北・北陸の河川敷で夏に発生する風土病として知られていましたが(古典型ツツガムシ病)、近年新型種の出現で全国(北海道、沖縄除く)に広がっています(新型ツツガムシ病)。
早期に診断されて治療すればすぐに治癒しますが、インフルエンザや腎盂炎、日本紅斑熱などと症状が似ているため、見逃されると重症化し命に関わることがあります。
世界で最も有名な風土病、マラリア
マラリアという名前は、多くの人が一度は耳にしたことがあるでしょう。海外旅行、とくにアジアやアフリカ方面に行かれた方なら、マラリアの予防薬を飲んだ経験がある方も多いでしょう。
マラリアは、アジア・アフリカ・中南米など、主に熱帯・亜熱帯地域で広く見られる風土病です。2021年には世界で約2億4,700万人が感染し、推計61万以上が亡くなる恐ろしい病気です。

出典:厚生労働省
マラリア原虫をもった蚊に刺されることで感染し、1〜4週間ほどの潜伏期間をおいて、発熱、嘔吐、関節痛などの症状が出ます。
熱帯熱マラリア、三日熱マラリアなどヒトが発症するマラリアには5種類あり、中でも熱帯熱マラリアは特に危険で、発症から24時間以内に治療できないと重症化して、しばしば死に至ります。
近年は地球温暖化の影響で、マラリアを媒介する蚊の分布域が広がっています。これまで見られなかった東アフリカやネパールの高地に広がっているほか、アメリカでは海外渡航歴のない人の感染例が報告され、現地での感染(在来感染)が注目されています。
以上、「風土病ってなに?日本で一番有名なのは山梨の『地方病』」でした。
風土病は、その土地で昔から人々を苦しめる病気です。日本最大の風土病、「地方病」は克服されました。一方世界では、まだマラリアなどが深刻な地域もあります。しかし、治療薬の進歩も進んでおり、いつか安心できる日が来ると期待されています。
written by ヒノキブンコ


