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ウイルスって何?菌とどう違うの?進化に貢献?

はしか(麻疹ウイルス)、風しん(風疹ウイルス)、おたふくかぜ(ムンプスウイルス)、ノロウイルス、プール熱(アデノウイルス)など、ウイルスは私たちの生活に身近な存在です。また、インフルエンザウイルス(スペイン風邪)、新型コロナウイルスのように、時にウイルスは深刻なパンデミックも引き起こしてきました。

なぜこれほどウイルスはヒトとの関わりが深いのでしょうか?そもそもウイルスってなに?

ウイルスはどこにでもたくさんいる

実は私たちの住む地球はウイルスであふれています。

そのほとんどがヒトに感染するウイルスではありませんが、足下の湿った土をひとつまみすれば、そこには数百万個のウイルスが含まれています。下水処理場の処理槽は微生物が非常に多く生息する場所ですが、そこにはたった1mlになんと10億から100億のウイルスが存在します。

重力や大気のように、ウイルスはまるで生物を包む「場」のようです。

土、川、海、砂漠、ヒトの腸内など動植物や微生物がいる場所ならどこでもウイルスはいます。研究者がそれをプラスティックチューブに入れてゲノムを読んでみれば、毎回新種だらけという状況。これらの多くは細菌や古細菌に感染します。

ウイルスとは?菌やプランクトンとどう違う?

「菌」という言葉は、カビなどの菌類(真核生物)と細菌(原核生物)を指すので、菌とウイルスは違います。

下の図は生物の進化系統樹です。

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生物は大きく3つに分類できます。細菌(バクテリア)、古細菌(アーキア)、真核生物(カビ、動物、植物など)です。これは生物の最上位分類「ドメイン」と呼ばれ、リボソームRNA遺伝子の配列に基づいて、どんな生物もこの系統樹のどこかに乗せることができます。微生物学者ウーズが1990年に発見しました。

ところが、ウイルスはこの系統樹のどこにも載せることができません。遺伝子からタンパクを合成するリボソームRNA遺伝子は生物必須の遺伝子と言われていますが、ウイルスはこれを持っていないからです。それどころか、ウイルスは生物間で遺伝物質(塩基配列)を移動させうるので(水平伝播)、共通祖先から直線的に進化してきたという系統樹の概念にウイルスをそもそも当てはめることができないのです。

ひとつの考えとして、ウイルスはこの進化系統樹を雲のようにまたぐイメージで位置づけることができるかもしれません(図中の青部分)。

ウイルスの増殖の仕方も、0157やサルモネラなど他の微生物と根本的に異なります。生物は基本的に、餌や栄養を外部から摂取するか光合成で作り出して増殖・成長します。

一方、ウイルスは栄養を摂取したり光合成することはありません。宿主である細菌や動物、植物の細胞の表面にくっつくと、まずウイルスのゲノム(DNAまたはRNA)を細胞の中に注入します。注入されたゲノムは宿主の酵素の力を借りてウイルスの酵素やウイルスの部品(タンパク質、核酸など)を合成しはじめます。その部品が組み立てられると新しいウイルス粒子が複数個できあがり、最後に宿主細胞を破って外に出ます。種類にもよりますが、1個のウイルスが感染して、50個ほどに増えます。

以下の写真はその様子です。細胞の中の黒く丸いものはすべて新しいウイルスです。

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写真出典:許可を得て転載(Dr. Rob Phillips)

ウイルスはどんな細胞にも感染できるわけではなく、感染できる宿主は非常に限られています。あるウイルスは細菌の中でも特定の細菌種にしか感染できないケースが多く、これを「ウイルスの宿主特異性」と言います。

変わり種、ぞくぞく〜新発見のウイルスたち

ウイルスにはさまざまなタイプがいることが分かってきました。
形だけを見ても、丸いもの、棒状のもの、レモン形、毛に覆われたもの、探査船のような精巧なものなどがあります。

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写真出典: 1 Norwalk.jpg, Public domain, via Wikimedia Commons
2 Photo Credit: C. GoldsmithContent Providers: CDC/ C. Goldsmith, P. Feorino, E. L. Palmer, W. R. McManus, Public domain, via Wikimedia Commons
3 No machine-readable author provided. Chb assumed (based on copyright claims)., Public domain, via Wikimedia Commons
4 Ghigo E, Kartenbeck J, Lien P, Pelkmans L, Capo C, Mege JL, Raoult D., CC BY 2.5, via Wikimedia Commons
5 C. Martin Lawrence, Smita Menon, Brian J. Eilers, Brian Bothner, Reza Khayat, Trevor Douglas and Mark J. Young, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commonsを切り抜いて改変

また、これまでの常識を覆すような新しいウイルスも見つかっています。ミミウイルスです。

1992年に発見されたミミウイルス(写真左下)は巨大核質ウイルスと呼ばれ、通常のウイルスよりはるかに多くの遺伝子を持っていました。通常のウイルスのゲノムは数千から数十万の長さ(塩基対と呼びます)、遺伝子数は160個ほどですが、このミミウイルスのグループは120万塩基対、遺伝子の数は1,100個と、ある種の細菌の遺伝子数を上回るほどでした。

その後、メガウイルス、パンドラウイルスなど、さらに多くの遺伝子を持つウイルスが発見されました。

これらの巨大なウイルスは、先ほどのウーズの進化系統樹で使われたリボソームRNA遺伝子こそ持ちませんが、DNA複製や糖・脂質代謝の遺伝子を持っていて、ウイルスの定義を再考させるほどの発見と称されます。

ウイルスが生物かどうかは決まっていない

ウイルスが生物か生物でないかは、今も研究者の中で意見が分かれています。理科の教科書でも「生物でも非生物でもない中間的な存在」と書かれることが多いです。

「生物は自己増殖能力を有する」と定義するならウイルスは生物ではないし、「生物は遺伝物質を持つ」と定義するならウイルスは生物となります。そもそも「生物」という言葉は「愛」や「正義」のように人が作り出した主観的な言葉なので、その議論はそもそも不毛という見方もできるかもしれません。「あの人がチョコをくれた。これは愛だよね?」という問いに似ています。

ウイルスはどんな役目を持つか?

インフルエンザや新型コロナなどのパンデミックは、実は微生物の世界でも起こっている可能性があります。

以下の図は下水処理槽の中のウイルスを58日間、そのゲノムサイズの違いでウイルスを種ごとに分けながらその変化を調べたものです。赤矢印で示すように、あるウイルスが一気に増えて、そのあとすぐ減少する現象が捉えられています。これは、このウイルスの宿主がパンデミックのような大感染を受けた可能性を示しています。

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出典: Abundance, Diversity, and Dynamics of Viruses on Microorganisms in Activated Sludge Processes(Otawa et al., 2007)

ヒトを含む動物や植物、カビ、細菌にとって、ウイルスはどんな意味を持つのか?それはまだよく分かっていません。

スペイン風邪(インフルエンザウイルス)や新型コロナウイルスのパンデミックを経験し、ウイルスは恐ろしいものだと人類は知っています。一方で、ウイルスは生物を進化させる役割を担っているとも指摘され始めています。

具体的には、ウイルスのゲノムを取り込むことで、宿主側のゲノム変異を誘導したり、それまでその生物が持たなかった新しい遺伝子や形質、免疫機構を獲得するきっかけになるというものです。

たとえば、ボルナウイルスというウイルスは、4,000万年〜4,500万年前の感染をきっかけに人の祖先の類人猿のゲノムに内在化したという研究があります。ウイルス感染により、ウイルスのゲノムの断片を自分のゲノムの中に取り込むことを内在化と言います。昆虫にも植物にも細菌にも見られる現象です。

また、内在するレトロウイルスの遺伝子が哺乳類の胎盤獲得や胎盤機能の進化に不可欠な役割を果たしてきたという研究報告もありました。

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哺乳類のゲノムには、大昔に感染したレトロウイルスというウイルスの遺伝子の断片が多く内在化していて、その量は実にゲノムの8%にもなります。

かつて地球で優勢を誇った原始的な哺乳類「有袋類」は次第に「胎盤哺乳類」にその座を奪われていったわけですが、そこにウイルス感染が寄与していたというわけです。

有袋類についてはこちらでもご紹介しています。



他にもこんなことも分かってきました。

SASPase(サスペース)は、角質層の天然保湿成分を作り出し、皮膚の乾燥を防ぐタンパクで、哺乳類がウロコを捨てるきっかけになった物質ですが、この遺伝子も内在性レトロウイルスが由来だったことが分かっています。

このように生物の高度な機能が、実は太古のウイルス感染がきっかけでもたらされた、という発見が相次いでいます。生物は、自然選択や交叉(有性生殖)、塩基の突然変異だけでなく、ウイルス感染も自身の進化の原動力にしてきた可能性があります。遺伝子をかき混ぜること、新しく変わることが、生物にとってそこまで大事だったのです、たとえリスクがあったとして。


この世界が存在する理由はわかりませんが、普遍的なことがあるとしたら、それは常にかき混ぜられるということ。宇宙では重力や銀河運動が物質をかき混ぜ、星の崩壊と生成が繰り返されています。生物の遺伝子もウイルスという場によってかき混ぜられ、破壊と進化を繰り返しています。

なぜ、常にかき混ぜられるのかは分かりませんが、もしかき混ぜられなかったら、そもそも太陽も地球も私たちも存在しませんでした。かき混ぜ続けること、つまり変わりつづけることがこの世界の前提なら、私たちはその摂理の一端をウイルスを通じて垣間見ているのかもしれませんね。

written by ヒノキブンコ

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